終わるべきだったところから無理矢理続けて面白かった漫画はあるのか
終わるべきところで終わると、伝説になります。
ロックンローラーであれば、死です。尾崎豊が今も生きていて、Twitterで政治ネタなどをつぶやいていたら興ざめでしょう。1992年4月25日に26歳で亡くなったからこそカリスマになって永遠に生き続けているといえます。
バンド、漫才コンビであれば解散。漫画であれば最終回ですね。
しかし漫画の場合、人気漫画だと漫画家は終わらせたくても、編集者が終わらせてくれないということがあります。
では、終わるべきところで終わらず無理矢理続けて面白くなったものはあるのでしょうか。
編集者に終わらせてもらえなかったといえば『ドラゴンボール』。フリーザ編で終われば神漫画だったところ、人造人間編、魔人ブウ編と続いてしまいました。子供の頃は、人造人間編まではまともで魔人ブウ編で崩れたと思っていたのですが、今読むと人造人間編もだいぶおかしいですね。16号はなんだったんだという。17号、いきってるのにたいして強くないという。
終わるべきところで終わらなかった漫画の代表的なのが『20世紀少年』。血の大晦日で終わっていれば神漫画だったのですが、未来編が始まり、さらに1969年編なども挟み、蛇足蛇足の連続になっていきました。
現在まだ続く、終わるべきところで終わらなかった漫画が、刃牙シリーズ。 『グラップラー刃牙』でジャック戦の後に勇次郎戦をやってしまえば神漫画でしたし、長くても死刑囚編で終わればよかったのですが、擂台賽、モハメド・アライとガチャガチャと続いていき、挙句は原始人と宮本武蔵が出てくるギャグ漫画になってしまいました。
『幽遊白書』がどこで終わればよかったかは難しいですが、少なくとも魔界トーナメント編が終わった後の数話は完全にやっつけでした。探偵業復活、霊界砲など見ていて切なくなる感じでした。
…なのですが…
さすが一度は神漫画にした神漫画家達だけあって、終わるべきところで終わらずグダグダにしつつも、一矢報いたりします。
『20世紀少年』はラストのラスト。ケンジが放送室で無理やり鳴らした「20Centry Boy」。ロックで世界は何も変わらなかった…はずなんですが、変えてたんですよね、実は。一人を変えると、世界が変わる可能性があるという。悪でしたけど。どこまで考えてたかわかりませんが、グダグダの末最後感動しました。
刃牙シリーズは、範馬勇次郎VS郭海皇ですね。消力自体面白いし、消力を勇次郎も使えたのも面白いし、消力は使えるけど、闘争のカタルシスを得るためにあえてそんなものは使わないというのも面白かったです。
『幽遊白書』は、最後の最後に写真が落ちてくるところ。色々あったけど、一番楽しかった時の笑顔の写真が落ちてくるという。死闘も恋も青春の1ページだったんだなといい意味で切なく終わります。
そして、最高に一矢報いたのは、『ドラゴンボール』です。強さのインフレに次ぐインフレで辟易するのですが…まさにそれに一矢報いるように、戦闘力は0に近いミスターサタンが、最強の魔人ブウに、まさかの言葉による対話を試みます。そしてそれは一度は成功してしまうのです。
バトル至上主義の少年ジャンプ、ドラゴンボールで、これは素晴らしかったですね。教科書読むよりも、『ドラゴンボール』を読むほうが小学生の人格形成に役立つと言えます。
終わってたら伝説なのに、今年復活するのがM-1GPとPRIDEですね。当然あの頃と同じものを求めるのは酷ですが、無理矢理続けたなりに何か面白いものを見せてくれるのでしょうか。楽しみです。
終わるべきところだったというより、最終回級のすごいオチがついたところから、さらなる面白い展開になっているのが、『僕だけがいない街』です。ピッコロを倒したと思ったらラディッツが出てきてまた新しい世界が始まったようなワクワク感があります。
このブログも
くらいで終わってれば、それなりに形になったのかもしれませんが、もうちょっと続けてみようと思います。