「ちょっと…やっぱり帰ろうよ」
「ここまで来て何言ってんだよ! 入るぞ」
「えー」
俺と幼馴染みのアスカは、夏休みを利用して、箱根にある廃旅館に来ていた。
ここには幽霊が出るというもっぱらの噂だった。
近づいてみると、確かに不気味な雰囲気がする。
入ってみると…
「キャー!」
急にアスカがしがみついてきた。
「なんだ…ただのコウモリじゃん」
コウモリが飛び出てきたので、びっくりしたらしい。
しかし…
こんなに近くにアスカがいるのは初めてだ。
「アスカ…お前…」
「や、やだ! 勘違いしないでよ!」
突き飛ばされてしまった。
「なんだよ、俺みたいな野良犬には近づきたくないってか」
「サイトウは野良犬なんかじゃないもん!
サイトウは、私の…」
二人の間に心地いい沈黙が流れた。
「とりあえず進んでみようか…」
その瞬間…
「キャー!」
アスカがしがみついてきた。しかし、さっきよりも距離が近かったため…
「あ…」
偶然唇と唇が触れ合った。
しかしもう、アスカが俺を突き飛ばすことはなかった。
心が通じ合った俺たちは、暗闇の中で何度も口づけを交わした。
「でも…さっきの人影なんだったんだろう」
確かに気になる。
よくよく見てみると…
「あはっ…」
「あははは」
「あっはっは…」
二人で笑い転げた。
なんとそこには、鏡があった。
写った自分たちの姿を幽霊と勘違いしたのだ。
俺たちは手を取り合って笑いあった。
まるではしゃぎすぎてる夏の子供だ。
胸と胸、からまる指。
しかし、アスカがその時間を遮った。
「私、もう行かなくちゃ」
「え、なんで?」
「これから、弐号機の練習があるんだよね」
「…は?」
「だからもう、行かないと」
「なんだか知らないけど、それで売れたら俺のことなんて忘れちゃうんだろな」
その瞬間、彼女の顔が険しくなった。
「あんたバカァ? サイトウは、サイトウは…
私の大事な人なんだよ! ママよりも大事な…」
「お、お前、泣いてんのか?」
「あんたバカァ? 私が…泣くわけない…」
また強がりを言いだす彼女を強く抱きしめた。
俺も惣流・アスカ・ラングレーも14歳の夏のことだった。