4月に入ろうとする、春の昼下がり。
ランニングにショートパンツ、ビーチサンダル姿のひとりの青年が、
西大井(当時NSCがあった場所)におりたった。
それがオイラだった。
ついにNSCへきてしまったという感があった。
ちょうど七十年安保や東大闘争の学生運動もひとしきりすみ、
喫茶店では、この先何をしていいのかわからなくなっちまったやつらが毎日のようにたむろして集まり、演劇論や映画論、芸術論なんてのを相手かまわずふっかけていた。
しかし、どれを聞いても、オイラにはなじめず、なにかみな嘘っぱちのように聞こえてしかたなかった。
どんなえらそうなカッコのいいことをいっても、家に帰れば立派な親たちがいて平和な家庭があってという、みんなかたちばかりの大うそつきの通いフーテンたちなのである。
オイラみたいにおもいっきり大学を辞めちまって、途方に暮れているのとはわけがちがっていた。
そんなやつらがいくらサルトルだボーヴォワールだのといっても、米屋や不動産屋になっても一生サルトルを続けていくつもりでもあるまい。
それは、オイラにしたって同じことだった。一生フーテンやっていくのかよ。一生ジャズ喫茶のボーイで終わるつもりなのかよ。ほかになんかやるこたあないのかよ。
そんなとき、突然にかんがえついてしまったことがあった。
「NSCへ行って芸人になろう」、なんてだ。