元売れない芸人の独り言

孤高のコーイチロー、波乗りコーイチロー、ヒキコモリオなどの芸名で売れない芸人をやっていました。

「さよならなんて云えないよ」で生を肯定したオザケンが「流動体について」で死をも肯定した

小沢健二

1968年4月14日生まれ。

フリッパーズ・ギター解散後、1993年に「天気読み」でデビュー。

1994年の「今夜はブギー・バック」が大ヒットとなり、その後しばらくヒットが続きます。東大卒という学歴、小澤征爾の孫という血筋、何よりその外見・浮世離れしたトークから「王子様」と呼ばれました。

しかしただの女人気ではなく、多用な音楽を取り入れてきたことがわかる曲作り、J-POPを究めたようなメロディで、サザンに匹敵するような天才性を評価されていました。

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その天才性・王子様性は、

尖っていた頃の小林よしのり先生に「小沢健二はいい」と言わせ、

最高に尖っていた頃の松本人志監督に「君なかなかおもろいな」と言わしめました。

 

そして1998年「春にして君を想う」後、フラっと姿を消しました。調べてないので、経緯や真実はわかりませんが、(調べてもわからないかも)当時を生きていたライト層からすると「フワっといなくなった」という感じです。活動休止とも言ってなかった気がするし、そんなに大騒ぎになった感じもしない気がします。

 

 

オザケンが姿を消してずいぶん経った2009年。小説『さらば雑司ヶ谷』で、オザケンが「笑っていいとも」に出演し、「さよならなんて云えないよ」がタモさんに絶賛された話をしていました。

タモリ:よく考えられた作品だよね。あのね、まぁいろいろ優れてるんだけども、俺が一番驚いたのは鹿児島で車でできた作品で『道を行くと、向こうに海が見えて、きれいな風景がある』。そこまでは普通の人は書くんだけれども。それが『永遠に続くと思う』というところがね,それ凄いよ。凄いことなんだよ、あれ。
小沢: ホンっト、ありがとうございます。良かったなぁ、ちゃんと…。ボクは何かね、聴いてて、何ていうのかな……。たとえば、今お昼休みで、『笑っていいとも』で“ウキウキウォッチングしてる”ところと、何ていうか、“人生の秘密”とは、“生命の神秘”とか、“永遠”とか、そういうのがピュッとつながるような曲が書きたいんですよね。それで、だから…。んー。
タモリ: だからまさにあのフレーズがそうなんだよね。あれで随分…、やっぱり考えさせられたよ。
小沢: ありがとうございます。
タモリ: あれはつまり“生命の最大の肯定”ですね。

「あれは生命の最大の肯定」タモリが絶賛した小沢健二/てれびのスキマ

 

この辺は「死んだ目でダブルピース」や「てれびのスキマ」で何度もこすられた話です。

 

その後、『さらば雑司ヶ谷』の香代は独自のオザケン論をします。

「“教会通りの坂”は神に定められた私たちの人生のこと。それが“嫌になるほど続く”と思っていた歌の中の主人公が、“左へカーブを曲がると、光る海”、つまり、産み。生を肯定して、“この瞬間は続くと、いつまでも”って自己回復していくの」
「たとえば『ラブリー』は、一聴して能天気なラブソングに聞こえるけど、“とても寒い日に 僕ら手を叩き 朝が来る光 分かり合ってた!”という歌詞は、常に孤独がつきまとう個人主義崇拝の現代社会社会において、相互共有を提唱してるのよ」
「“いつか僕ら外に飛び出すよ 君と僕とはドキドキしてるよ 誰か待つ歩道を歩いてく”ってあるけど、ここで歌われる“誰か”はもちろん誰のことか、わかるよね。愛が神へと導かれていることを示唆してるのよ」

この小説が発売されたのが2009年。

2017年、ミュージックステーションで「流動体について」を披露し、本格的に活動再開しました。

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正直、あの日の天才性、王子様性は無くなっていました。

ギターの位置が高いのは「大人になれば」スタイルだとしても、腰も突き出しすぎな気がします。

羽田沖 街の灯が揺れる
東京に着く事が告げられると
甘美な曲が流れ 僕たちはしばし窓の外を見る
もしも間違いに気が付く事が無かったのなら
並行する世界の僕はどこら辺で暮らしてるのかな
広げた地下鉄の地図を隅まで見てみるけど
神の手の中にあるのなら その時時に出来る事は
宇宙の中で良い事を決意するくらい
神の手の中にあるのなら その時時に出来る事は
宇宙の中で良い事を決意するくらいだろう
無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない
宇宙の中で良い事を決意する時に

 

そしてtadataruさんがこのようなツイートをされました。

 

「海」が「産み」という無理くりな掛詞をしなくても、海は我々が来たところであり、還る場所ですよね。

 

広く深い海。

左にカーブを曲がってから22年が経ち、オザケンも、我々も、共に海に近づいてきました。

もう華やかな光をプッシーキャットと浴びることも少なくなったし、「それはちょっと」とか言ってられないし、あんまりウキウキしないし、十分大人だし、夏休みもありません。

 幸せな時もあったけど、その時は不思議な力に守られてるとも気づかずに、でも「もう一回」と願うならばそれは複雑なあやとりのようで、同じ光はなかなか見れませんよね。

それは我々だけでなく、オザケンも同じはずです。

なんだったら、感受性が強い分、光が強かった分、オザケンのほうが強烈に感じているかもしれません。

 

 

 

 

それでも、オザケンは言ってくれるのです。

 

 

 

 

でもそれほどの怖さはない

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

オザケンは、天才性・王子様性を失い人間になりましたが、人間になったことにより「生の肯定」を超え、死すらも肯定してくれたのです。