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元売れない芸人の独り言

孤高のコーイチローという芸名で売れない芸人をやっていました。

アオイホノオで描かれた高橋留美子先生のめぞん一刻戦法

アオイホノオ』のドラマが始まりました。

しかし庵野秀明監督という天才の学生時代を目撃して、またその人が面白く漫画にできる人だったというのは素晴らしいことですね。

その『アオイホノオ』の中で、こんな記述がありました。

一本がうまく行っているときに、

別雑誌で違うジャンルに挑戦。

うまくいけばいいし、

失敗しても痛くない。

これを島本和彦先生は

めぞん一刻戦法」

と名づけました。

と。

ジャンプ直撃世代の私としては、

ちょっぴりおちゃめなフラワーボーイ。森田まさのり先生の作品が読めるのはジャンプだけ!

のように、一作家一作品が基本だと思っていました。

ただ、時代を遡ると、

手塚治虫先生、石ノ森章太郎先生、藤子不二雄先生等、

何作か掛け持ちで描くのが普通な時代があったみたいですね。


それを経て、一作家一作品になり、

1980年、ビッグコミックスピリッツの『めぞん一刻』が掛け持ちの漫画の元祖的な存在になったんですね。

最近で記憶に新しいのは…

グラップラー刃牙』を描きつつ、

餓狼伝』を描きだした板垣恵介先生でしょうか。


…まあ、最近でもないですし、

他ジャンルでもないんですが…。

餓狼伝』やりだすと、

思いっきり刃牙のほうのクオリティが下がってしまいました。


東京大学物語』を描いていた江川達也先生が、

GOLDEN BOY』を描きだしたこともありました。

東京大学物語』のクオリティが下がりました。


ゴーマニズム宣言』を描いていた小林よしのり先生が

ヤングマガジンで『次元冒険記』を描き出しましたが、

一瞬で終わりました。


こう考えると、「めぞん一刻システム」を成功させたのは、

高橋留美子先生以外にいるのでしょうか…。