元売れない芸人の独り言

孤高のコーイチロー、波乗りコーイチロー、ヒキコモリオなどの芸名で売れない芸人をやっていました。

プロレスオタクで居続ける才能

「70年生まれだと、三歳上の私の世代よりもオタク、マニアの風あたりも強くなかったらしく、途中でやめないでそのまま三十くらいまで研鑽(?)を積んだ人が多い。私の世代ではとにかく脱落者(?)が多いんだよね。脱落するか、何らかのプロになっているかの二拓だった印象。」
新田五郎ハッシュタグ用さん

「不良で居続ける才能。それは野生動物の才能と似ている」
板垣恵介先生


色々あった『刃牙』シリーズですが、様々な教訓も残してくれました。その一つが上記。一見不良というと、落伍者がなるように思います。一瞬であれば、夏休み明け、誰でもがなれることでしょう。ところがこれが「居続ける」となると、ちょっと難しくなります。不良界も楽ではありません。ちょっと悪い格好すれば、普通の生徒よりは偉ぶれるかもしれませんが、それを潰そうとする不良に目をつけられるかもしれません。その学校ではよくても、街を歩いていれば、普通の格好をしているときよりも、他校の不良に絡まれる確率は高くなるでしょう。それどころか、不良以外、普通の生徒の中にも、喧嘩が強い奴は混じっています。そんな災厄を避け、強い奴を見抜き、戦いを回避していくことこそ、喧嘩の強さよりも大事であると板垣先生は説き、まさにその通りだと思うわけです。

板垣先生の趣旨とは違いますが、この世の中って「真っ当に引き戻そうとする力」「多数と一緒にさせようとする力」ってすさまじいものがあります。そんな中で不良やり通す根性のある人間が何人いるでしょうか。ダメ人間であるほど、実は不良から、普通の人間にさらっと戻っていくものだと思います。


そして、新田五郎さんがおっしゃるように、オタクも、こと「居続ける」ことに関しては不良級に難しいものだと思うのです。私は高校時代、ワールドプロレスを毎週見ていて、プロレスが真剣勝負だと思っていました。それくらい本気でハマっていたのです。しかし、プロレスオタクには成れませんでした。なぜなら金が無くて、生観戦ができなかったからです。オタクになるには、金がいるのです

金がようやくできた社会人時代。念願叶って会場に行ったでしょうか。行きませんでした。なぜなら、その頃にはプロレスにあまり興味がなくなっていたからですオタクであるには、持続力が必要です

その時代、新日本プロレスが暗黒時代だったというのもあるかもしれません。…でも、会場に行っていた人はいます。オタクで居るには、忍耐力が必要です。

金も安定し、新日がまた面白くなってきた頃。プロレスに行ったか。行ってません。なぜなら、プロレス好きの友達が周りにいなかった(いなくなった。いなかったように見えた)からです。オタクで居るには、仲間が必要です。

そして、大学時代の友達がハッスルに行っていたことを知り、ようやくその辺からプロレスに定期的に行くようになりました。別ルートで大日本マニアの友達もでき、大日本は毎月行くようになりました。これで私もようやく「私はプロレスオタクです!」と声高に叫べるかと思っていた矢先…今度は忙しくなって行けなくなってしまいました。オタクで居るには、時間が必要です。


オタクで居続けている人は、選ばれし人々なのです。