多田さんの一個めのネタは、ボールが箱の中に入っていて、その頭文字からの一発ギャグをやるというものだった。
実は私も、こういうネタに挑戦したことがある。
2007年芸人復帰し、吉本興業のライブに「波乗りコーイチロー」という名前で出させていただいたときのことだ。
お客さんに、50音の一文字を言ってもらい、そこから始まるノリツッコミをするという、あまりにも斬新なスタイルだった。
これをやるためには何が必要か。
まず、「あ」から「ん」までのノリツッコミを考えることが必要だ。
そして考えるだけではなく、全て完璧に暗記する必要がある。
あいうえお順に言っていく…くらいではダメだ。例えばいきなり「ぬ」と言われても瞬時に答えられるほどにしなければいけない。もはや受験勉強クラスだ。
これを可能にするためにはどうすればいいか。当然、机の上で紙を見ているだけでは絶対不可能。家の近所の土手に行き、夜な夜な声を出して練習した。運よく何も無かったが、職質や、最高系逮捕まであったかもしれない(?)。
そして研鑚を積み…どこから来られても答えられるほどになった。
「それは今切らしてます」
とか
「ぬ…ぬりかべを見ながら微笑む…窪塚洋介のマネ」みたいな、結局何の文字でも、そこに持っていくような逃げとか、そういうの一切なし。
何が来てもガチで答えられるようにして、本番に臨んだ。
本番。吉本興業AGEAGEプロジェクト。1分ネタ。当然誰も客に振ることなどしない。
私の番が来て、前列の女性のお客様に一文字を言ってもらった。1分の緊張をわかってくださっているようで、すぐにひらがな一文字を答えてくださった。私も瞬時にその頭文字からのノリツッコミをすることができた。それを、人を変えて二回か三回…時間切れまでやった。ミスはなかった。
だが、笑いも少なかった。
結果。30組中、24位。「スベった」という順位。見に来てくれていた同期のピン芸人銀座ポップさんはこう言った。
「いや、すげーよ。ガチで全部覚えたの?」
と。客ウケを気にしない、芸人目線での評価。嬉しかった。
だが、一緒に見に来てくれていた、同じく同期の芸人「芸人気質」というコンビのツッコミ・小南さんはこう言った。
「すごくてもウケなきゃ意味ないよ」
と。
そのときは
小南バカヤロー
と思ったが、数か月後、全くその通りだと、腹に飲みこめた。
「すごい」だとか「努力してる」だとか「今までにない形」だとかは、
ウケてから、遡って評価されるもの
で、スベったら、ただのスベった人なのだ。
そして、結果的にこのネタは封印したのだが、一応自分なりになぜダメだったのかを考えた。
一つは、ガチだと思われなかったか、覚えることをすごいと思われなかったこと。あまりにもすっと答えたので、仕込みの知り合いの客と思われたのかもしれない。それに、すっと出すぎて、すごい感が0だったのかもしれない。
もう一つは、クオリティが低かったこと。一人でノリツッコミするってだけでかなりリスキーな行為なのに、クオリティが低いのでは、当然ウケるはずもない。だが、クオリティ高いネタを50個作るのは、私には至難の技だったのだ。
それに対して多田さんは、仕込みに思われるというのをボールを引くという動きにより回避し、さらにいちいち客に振らないので、リズム感すら出していた。
そして何より、一個一個が爆笑を取れる必殺のネタ。
近いことを考えても、こうも違うのかと、生まれ持っての力の差をまざまざと感じた。…だけど、いくら生まれ持っての差があっても、咄嗟にギャグを舞台でやるのは才能だけではできない。きっと多田さんも、夜中にひっそりと土手で一人練習していたような日々があったのだろう。