元売れない芸人の独り言

孤高のコーイチロー、波乗りコーイチロー、ヒキコモリオなどの芸名で売れない芸人をやっていました。

青木北岡戦感想と私の格闘技観戦史

青木真也選手と北岡悟選手について格闘技好きじゃない人について語るのはなかなか難しい。どちらも魔裟斗みたいなわかりやすいイケメンというわけでもなく、金メダルを取った経験があるというわけでもない。結果的にメインじゃなかったものの、今大会のメインだった可能性もあったが、メインだったら、なんでメインなのかわからないという人もいるだろう。まず青木真也という人がややこしい。ややこしさが三つある。一つは、技術の難しさ。「パンチ力がめっちゃ強い」とか「ハイキックが鋭い」とかじゃなく、(いや、打撃も強いんですけど)寝技を究極に極めたような人だから、格闘技ずっと見ていて柔道経験もある私でも、ちょっとわからないようなニュータイプな動きをする。生観戦が好きだが、青木選手の試合に関しては世界のTKの解説を聞きながら見たいと思うくらい。二つめは、そんなに寝技が得意でありながら、寝技が世界的に得意な選手には、ミドルキック連発して寝技をしなかったり、俯瞰的に見て、またもややこしい試合をすること。これで観客の中には「え、寝技対決じゃなかったの」と肩透かしを食らったような気分になる人も現れる。三つめは、そんな試合をしながら、解説をしない。かなり世間とかなり近づくチャンスだった「Number」のインタビューで、「言ったってわかんないから、言わない」とさらに突き放す尖りぶりを見せた。「生意気だ」と思うだろうか。私は、それが好きなんですけどね。だからなんだろう、青木選手が格闘家ファンを超えて世間に浸透するということは…POISON GIRL BANDさんが冠番組を持つような『しんぼる』が大ヒットするようなゴールデンボンバーが売れるようなものか。あ、ゴールデンボンバーは売れましたが。まあ、売れる売れないは青木選手の考えるところではないだろう。青木選手は強さを追求し、インタビューも本音で語っているだけで、勝手に私がハマって、もうちょっと世間に知られればいいなと思ってるだけです。ややこしいな。青木選手について語ると、ややこしくなる。とにかく強い、世界5本の指に入ると言われているDREAMライト級チャンピオンです。

そして同時期に、もう一人、圧倒的強さを持ち、尖りまくってる人がいた。


北岡「ただ、こうやって話してて、なぜ廣田戦に自信があるかというのを伝えるのが難しいところがあるんですよ。廣田選手と僕の試合って”パンチVSサブミッション”だとみんな思うわけじゃないですか。そうではないんですよね」

北岡「そうなんですけど、さらに総合格闘技でも僕が最近辿りついているものというのは、そんじょそこらの奴にはできないようなことをやっているんですよ

  • 廣田選手と同じストライカーの坂口選手も一発も得意の打撃を当てられなくて、試合後「次元が違う」と敗戦のコメントをしていましたね。

北岡「そうですね。廣田戦に向けて正直、自信がつきました。まあ坂口戦の内容に関しては、満足度的にはそんなに高いものではないです。ちょっと気合いを入れ直さなきゃいけないと思った部分はあるんで」

  • 最初にギロチンを逃げられたところ?

北岡「いや、違いますね。言ってしまうと『呼吸』なんですけどね。こういう感覚でやっている人って、この業界ではたぶん他にいないです

  • 金原選手、分かりますか?

金原「全然分からないです(笑)」

ゴング格闘技2009年8月号

戦極ライト級グランプリを圧倒的強さで制し、五味隆典をも倒した北岡選手。その強さをバックボーンとして、尖りまくった発言をして、一流プロ格闘家ですらわからない、ニュータイプのような領域に達していた。


そしてスタンド使い同士が引かれあうように、この二人は実は友達だったのだ…。



青木真也選手と、北岡悟選手戦について語るには、PRIDEの崩壊まで遡らなければならない。そして青木選手も北岡選手も私の厳しい審査(!)をくぐった推しメンである。この方々に関しては、客観的にどうというより私目線の主観の感想になる。つまり、必然的に私の歴史を語ることになる(!?)。この先を読む人はその辺をご承知ください。

2007年PRIDE崩壊により、青木選手はDREAMに、北岡選手は戦極に、戦いの場を移すこととなる。ちなみに勉強不足で私はこのとき、北岡選手を知らなかった。青木選手は、元警察官ということをチラっと知っていた程度。どうしてそうなったかという私の歴史を語ろう。2000年PRIDEGPでハマって、2003年までがっつりと格闘技を見ていたが、2004年に就職し、新卒として忙しく働く中、格闘技観戦にかける時間が減っていった。さらに2005年ライブドアに入社し、休みの日もインターネットやビジネスの勉強をしたりと、いよいよ格闘技に関してわからなくなっていった。そんな中でPRIDE武士道とかはそこまで見ることもせず、見ても五味とミルコに注目するくらいで期待の新星の試合とかは正直流して見てしまっていたのだ。なので、青木選手や川尻のことは最初あまり知らなかったのだ…。そして、PRIDE崩壊。…と、ここでまた格闘技との接点が生まれてくる。2007年に独立し、2007年10月、突如「何かやらなきゃ感」が自分の中に湧き上がり、協栄ジムに入りボクシングを始めた。結構そのときはテンション高くて、そのときに地下格闘技を知ってたら、エントリーとかしてたかもしれない。まあそれはどうでもいいとして、2008年にはまあまあ仕事が安定したので、精神的余裕ができてきた。そして、6月。横浜アリーナに、非常に久しぶりに格闘技…DREAM4に行った。そのときに初めて青木選手を生で見たのだが、そのときは「この人こんな人気あるんだ」という感想を持った。四回目にして、大会のエース的存在になっていたのだ。だがその時は私はまだまだPRIDEを忘れておらず「なんでサクとミルコがいるのに、青木って人が目立ってるんだよ」と若干否定的な目で見ていた。

その否定的な目はDREAM8で最高になる。青木選手が対戦相手の桜井マッハ速人選手に対し「いつまでもやってられたら新陳代謝できない」「平たく言えばオヤジ狩り」と、煽りを超えたような辛辣な言葉を投げかけたのだ。私はストレートに憤慨し、マッハ選手のヒザ蹴りにカタルシスをも覚えたのだが…。逆にこれが、青木真也にハマっていく試合となった。つまり「なんでこの人はわざわざこんなことを言ったのだろうか」と考えるようになったのだ。うまくやっていくなら、それなりに「尊敬してるけど倒します」くらいに言えばいいはず。煽りを要求されたとしても「軽く勝ちますよ」くらいでいいはず。「オヤジ狩り」とまで言うのはなんなのか。それはやっぱり大会全体を盛り上げようというサービス精神だったんじゃないだろうか。自分の好感度よりも、DREAM全体を考えるという。…プラス、私が魅かれる部分なのだが、大会を盛り上げるため…とは言いながらも狂気がなければそこまで言えないだろうと。ワードセンス含め気になりだした。

…と、それと同時期に…。格闘技雑誌で面白い人のインタビューを見た。それが北岡悟選手。五味に勝ったということで名前は知っていたが、どういう人かは知らなかった。前述のようにインタビューがめっちゃ面白かった。

北岡選手のインタビューきっかけで、戦極のDVDを全部借りて観た。実はあんまり、戦極見てなかったのだ。まとめて見て、やっぱり、頭抜けて、ライト級グランプリシリーズ2008が面白かった。というか、北岡選手が面白かった。光岡、横田、廣田と共に日本人選手4人で「S4」とくくられたときに抗い、試合は秒殺で終わらせ、「相手弱い」「俺強い」とズバズバと過激な発言を連呼。試合は秒殺。GRABAKA横田に対する「俺のほうがグラバカだ」というセルフマインドコントロール、そして実際グラウンドで圧倒してしまうグラップリングのバカ強さ。入場の目つき、試合開始後の独特の呼吸法、そしてまたインタビューでの独特の格闘哲学。面白かった。

このとき、私は二人が友達だと知らなかった。2009年のヨアキム戦くらいから青木のセコンドに北岡がマスクをしているのを認識するようになり、北岡選手が廣田に負け、青木選手が廣田の腕を折る流れで、完全に二人の関係性を知った。

2010年1月、ツイッターが爆発的に広まった。そこに北岡選手、青木選手も参戦。北岡選手は、自分あてのツイートに全て返信するという、インタビュー等とは違うような姿勢を見せていた。

2010年4月、青木選手のストライクフォースへの討ち入りでは、北岡選手とのケージ際でのスパーリングとかが煽りVTRに使われた。

そして2011年。戦極改めSRC消滅以降、さまよえる哀戦士となっていた北岡選手がついにDREAMにやってきた。DREAMも、北岡選手の性格は熟知しており、他の選手と同格に扱うことはせず「ツイッター上でキャッチコピーを募集する」という一大キャンペーンを行った。その結果「哀戦士、DREAMなう」に決まった。…そのキャンペーンは素晴らしかったのだが、相手がシケリムというのが微妙だった。知名度がそんなにあるわけではないが強い選手。判定で勝ったが、北岡選手の秒殺の清々しさが果たしてどこまで伝わったかは疑問だ。

…ここから先の二人の流れは煽りVTRを見ていただきたい。

まあ、ニコ動で有料配信中のためか、この動画しか発見できなかったのですが…。公式チャンネルのは大会前のですしね。

友情物語が一転…


北岡選手「ただじゃリングは降ろさない

青木選手「もう、友達には戻らないでしょうね

北岡選手「五味選手との試合の前にも思ったんですけど、僕が勝つことによって、彼の肩の荷ちょっと降りるんだろうなって

青木選手「つけ上がるなって感じですよね」

ジャックナイフの斬り合いに。

果たして友情も切り裂かれてしまうのか…



と、いうウェットな見方もできつつ、試合自体は単純に、面白いものだった。

まず、何が面白いかと言うと、二人とも秒殺があり得るので、ゴング開始直後から面白いんです。判定決着をしてきた者には出ない秒殺あるかもしれないフラグ。二人が今まで積み上げてきた物の結果であると言える。ゴング同時タックルテイクダウンがあるかと思ったが、今回はなく、ボクシングスタイルから始まった。ここで一発青木選手がハイキック。これも何気なくやったが、タックル来られるリスクがあったはず。それはないという自信がある距離だからやったのか、それとも他に理由があったのか…。青木選手の試合、北岡選手の試合は、そんな深読みをするのが楽しい試合なのです。単体でも楽しいのに、それが二人なので、プロ棋士のタイトルマッチの序盤戦を見るような感覚。なんかわからないけど、これ何かの布石になってるんじゃないか、ということを考えられる試合。どちらもコツコツ矢倉を組みに行ったりしない。組むとしても流れの中で、変則的に組んでくる。ここから打ち合いに。シンガポールで練習してた打撃を見せるのかな…と思っていたら、遂にタックルに。この後何度も見せる小外掛けもそうだが、ものすごい何気ない。やっぱり、プロ棋士の桂跳ねのようだ。だが! 普通の選手だったらこれで終わってたかもしれないが、やはり北岡選手は違った。冷静にフロントチョークを仕掛けた。と、青木選手がそれから逃れるやチョークスリーパーに移行する世界トップクラスの寝技の攻防に。二回転して北岡選手がかわすが、自然に三角締めを狙われてしまう。…を、かわして、北岡選手が立った状態のフロントチョークに。先日のJJの試合が一瞬脳裏をかすめたが、極まるまでは至らなかった。青木選手は、フロントチョークで今まで負けたことがない。これも何か、外すコツを知っているのだろうか。

1R終了間際、青木選手が上、北岡選手が下の状態に。ここで…「北岡、サミング(目つぶし)しないで」とレフリーから注意が飛ぶ。まさに煽りVTRにあった「絆を壊す」行為だ。だがそれだけ本気だったのだろう。

結論から言うと、攻防として面白かったのは、1Rの青木選手ハイキック→北岡選手フロントチョークまでだった。そこから先は、「攻める青木選手、守る北岡選手」という図式になった。だけどそれは、つまらないものでは全くなく、一瞬目を離せば極まる、ニュータイプ同士のスリリングな数ミリ単位での戦いだった。

タックルに行く青木選手。それは防ぐ北岡選手。そしてものっすごいスムーズな小外掛け→倒される北岡選手→バックを取り、…何状態っていうんだろう。いわば青木選手デビッド・ガードナー状態でチョークをしにいく青木選手。

デビッド・ガードナーはここで観客に手を振ったからガッツリ極められてしまったが、もちろん北岡選手はそんなことはしない。打撃で鼻血を大量に出しながらも最後まで戦う姿に勇気をいただいた。事実、5R終わりかけ、スタンディングと4点ポジションの中間のような危険な状態で膝蹴りをヒットさせ、あわやと思わされた。


結果は判定で青木選手勝利。こうして終わった友情対決。…まあ、青木選手もツイートされていたが、格闘技やってれば、友達同士が戦うことなんてあるだろう。かなりウェットに煽りまくられた気がする。…だけど、そのウェットなストーリーが日本MMAの楽しいところな気もする。そのストーリーに惹かれる限り、地球の重力に引かれる人間たちのように、私はチケットを買って会場に行くのだろう。

…ただ、青木選手には「いや、関係ない。スポーツです。内容を見せる」と言い続けてほしい。青木選手はややこしく、ややこしい人間達を魅了する。