元売れない芸人の独り言

孤高のコーイチロー、波乗りコーイチロー、ヒキコモリオなどの芸名で売れない芸人をやっていました。

『うそ社説』を読んで〜プチ鹿島さん=篠田麻里子論〜

プチ鹿島さんのブログを見つけたとき、篠田麻里子を見たときと同じ気持ちになった。すなわち、なんでこのダイヤモンドを世間はもっと評価しないのかという、自分だけが発見した嬉しさと、世間…なのかマスコミなのかわからないけど、評価していない人たちへの怒りの感情が芽生えた。…まあ別に評価してないわけじゃないんでしょうけど…。

時は流れ、麻里子様は飛翔された。一方鹿島さんは、東京ポッド許可局の書籍が発売されたり、日比谷公会堂を埋めたり、ようやく評価が追いついてきた気がするが、まだまだ実力には遠く及ばないと思っていた。そんな中での電子書籍発売。この電子書籍を、偉い大人の人が読めば(?)、一気に飛び立たれるのではないかという確信が生まれた。

内容は、第一章がツイッターのまとめ。第二章がブログの「うそ社説」をまとめたもの。第三章が上杉隆氏との対談。私は購入前にこの構成だけ見て、第三章が見物なのではないかと思った。それ目当てで買う人も多いだろうし、帯でも推している。確かにプロモーションとしては、上杉隆氏を押すのは全然わかるが…実は第一章から面白いんです。鹿島さんは、おそらくある時から、書籍化を見込んでツイートしていたのだろうと思った。そうじゃないとこのクオリティの高さの説明がつかない。

そしてここから鹿島さんの面白さについて説明していきたいと思うのだが…。水道橋博士さんがマキタスポーツさんを「才能が渋滞している」と評されたが、鹿島さんも、どこから面白さを説明していけばいいのかちょっと迷う。面白さが色々ある。

とりあえず書籍に絞って考えたいが、鹿島さんご自身はこの書籍の前書きで、まず「3・11から数日後の緊張した空気の中で、とぼけた感じでつぶやきだした」という切り口で入られた。ツイートも、3・11以降のものになっている。確かにあの緊迫した状態、戒厳令を引かれたような状態で口火を切ってボケっぽいツイートをし始めたのもすごいと思う。信念があるし、覚悟がある行動だったと思う。だけど、鹿島さんが「3・11以降に口火を切った人」という評価だけになってしまうのも違うんじゃないかという気がするのだ。なんというか、まず、単純に面白いんです。

第一章は3・11以降のツイートのまとめだった。緊張感、一手間違えれば「不謹慎」と言われかねない状況で、針の穴を通すようなツイートをされていった。特に…


3月27日
金八先生」はスリーマイル島原発事故が起きた1979年にスタートし、福島原発事故の2011年3月にファイナルを迎えた。さよなら金八先生

3月28日
東電社長が過労でダウンも、「ただちに健康に影響が出るものではない」(枝野)。

3月29日
そろそろ政府や東電の会見画面に「あくまで個人の感想です。実際の影響には個人差があります」とテロップが出る説。

3月29日
つい3週間前まで京大の入試問題が漏れたと大騒ぎだったのにいまはプルトニウムが漏れている。レベルアップしすぎではないか。

3月30日
猪木がACの新CMで「間違った情報に惑わされないように」と訴えているが、「永久電気」とか「砂糖キビからエネルギーをつくる」とか「アントンマテ茶」とか、さんざん事業で失敗して莫大な借金を負った猪木の言葉は心に響く。

いつも面白いのだが、3月27日〜3月30日は神がかっていた。余震・買占めが一旦落ち着いて、原発問題に集中していったのが原因だろうか…。また、鹿島さんの魅力として、時事を綺麗に切り取ることもしながら、不条理なこともするところがある。金八先生の件とか、あまりにも強引な結びつけなのだが、面白い。そういう鹿島さんは、タツオさんというツッコミがいる東京ポッド許可局で全開になる。


さらに、コピーライターのような、限りなく短い文章で限りなく面白く、正鵠を得たことを言われることがある。


7月7日
やらせメールくらい完璧に稼働させてほしい

これは宣伝会議賞ならグランプリ、IPPONグランプリなら一本だろう。


第二章はメインとなる「うそ社説」。新聞の社説を「お笑いの大御所の師匠」として、楽しんでしまおうというもの。個人的にこの見方は非常に共感できた。大学受験のとき、現代文や政治経済対策に天声人語を読めと言われ、マスコミ受験社説のときなどは「天声人語は名文だから丸写し」しろと言われた。が、社会に出て、色々勉強してから読んでみると、「そうでもないんじゃないか」と思った。鹿島さん、上杉さんご指摘の通り「遺憾に思う」とか「いかがなものか」とかばっかりで、結局何も言ってない。天声人語とか特に、自分の言いたい思想があって、全ての事件をそこに持っていくが、かといって責任を持って引っ張っていくわけでもなく、第三者的に「いかがなものか」と言って終わってばかりで、名文じゃないと思った。…と、真面目に大人が真正面から向き合ってしまうと怒りすら覚える「社説」だが、鹿島さんは、それを怒るのではなく楽しんでしまおうとされている。社説の文体を模写し、「またEXILEか〜女優 炉心融解〜」など、時事ネタ+文体遊びをされている。

…のだが…ここがまた鹿島さんの計り知れないところで、単に笑いを取るだけではなく(それだけでもすごいんですけどね)さらっと問題提起されている。それが放射能つけちゃうぞ」きちんとメモ合わせをせよ。一部抜粋します。


鉢呂吉雄経済産業相が辞任した。福島第一原発の周辺自治体を「死のまち」と表現し、福島視察後記者団に対して「放射能発言」をした責任をとった。

疑問なのは鉢呂発言の報道の不透明さである。「放射能うつしてやる」なのか「うつすぞ」なのか「放射能つけちゃうぞ」なのか、各紙でニュアンスがちがうことだ。誠に遺憾である。

「うつしてやる」なら非常に威圧的な人物像が浮かぶが、「つけちゃうぞ」なら視察が終了しリラックスして番記者といちゃいちゃしているオフの様子が想像される。

一国の大臣が辞任するほどの「重要発言」であるならば、なぜ囲み取材後のお得意の「メモ合わせ」がされていないのか。なぜ統一のコメントになっていないのか。

あの発言は「さほど重要でない」と現場ではメモ合わせをしなかったということか。どこかが書いて意外に盛り上がったので慌てて追随したということか。それなら発言のニュアンスがバラバラなのは理解できる。

「メモ合わせ」は日本のマスコミの伝承芸である。どんな時もきちんと実行してもらいたい。各紙コメントが一語も乱れない美しい報道を忘れないでほしい。

なお私たちは、あの発言は「放射能つけちゃうぞバカヤロー」という“たけし風”であったという見解である。

誰もが発言自体に怒りを現している時に、語尾の曖昧さに注目していること、「誠に遺憾」など文体を模写しているところにおかしみがあるのだが、同時に、記者クラブというものの存在、オフレコ発言が公に出てしまうことへの問題提起をしている…ように思える。

さらに、「参院にもサイバー攻撃をしてあげよ」というブログ記事の後、実際にサイバー攻撃が行われた。まるで未来を予知していたかのようだ。


第三章は上杉隆氏との対談。上杉隆氏にツイッターを始めさせたのが水道橋博士さんだというのに驚いた。もはや水道橋博士さんは、日本の実権を握っているのではないか。過激な仕掛け人、現代の百瀬博教だ。


上杉氏「博士に言われてわずか4分後につくって、博士宛てにツイッターでメンションを飛ばしたら博士が『はやっ』と。そこからですね」

上杉氏の行動の速さも見習いところ。


その中で、小林信彦氏が上杉隆氏をよくコラムに書いているとか、大瀧詠一氏が「上杉隆が芸人になっていたら、ビートたけしクラスになっていた」と言っていたということを話されていて、上杉氏が「そういう意味で残念なのは、日本には、こういうときに原発を茶化す芸人がいないこと」と仰っていたが…



私はまさに鹿島さんがそうなんじゃないかと思っている

この書籍が出ても鹿島さんが評価されないような社会は、いかがなものか。誠に遺憾だ。


『うそ社説〜菅直人の半減期は長いのか〜』