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元売れない芸人の独り言

孤高のコーイチローという芸名で売れない芸人をやっていました。

サンキュータツオさんの「漫才文体論」レポート(各論編)

舞台上に現れた謎の三体のマンザロイド…

まあ謎というか、

1号が中村シュフさんで2号がサードシングル小沢で3号がセクシーJなんですが…。

ここからは、タツオさんの書いた台本を元に、彼らが実際に漫才をしていくというコーナーに。

まずは1号と2号がしゃべくり漫才をする。

しゃべくり漫才とは、キャラを乗せずに素でしゃべる漫才。1号が明らかにボケとわかるボケを言って、2号が明らかにツッコミとわかるツッコミをするオーソドックスな漫才を披露した。

さらに3号とタツオさんが漫才コントをした。漫才コントとは、漫才から始まりコントに入ること。「コンビニの店員やりたいんだよね」「じゃあやってみよう」というあれです。

3号がぎこちない感じがしたが、まだ開発段階ということで仕方ない。試作品、プロトタイプなのだろう。


タツオさん「これが1年目、2年目のコンビの漫才ですね。ただこれをライブのネタ見せに必ず言われることがあります。それは『笑いの量を多くしろ』ということ。笑いの量を多くするには…百太郎さん、どうすればいいですか?」

百太郎さん「えっと…ボケの数を増やすとか」

タツオさん「正解」


ちなみに百太郎さんは、様々な場面で突発的にフられていたが、時には笑わし、時にはきちんと答え、完璧な役割を果たしていた。


タツオさん「ボケの数を増やすこと。それともう一つは、『ツッコミで笑いを取る』ことがあります。そしてボケ→ツッコミ→の後にさらに『たたみかけ』をすること。これで手数が増えます。じゃあそれをふまえてやってみましょうか。1号2号、ボケツッコミ増し増しで」

まさかお笑い界にも二郎インスパイアの波が来ていたとは…。

そして1号2号も、タツオさんと3号も、先ほどよりも完成度が上がり、手数の増えた漫才を披露した。


タツオさん「これが三年目の若手ですね。でも、こういう若手がまたネタ見せに行くと言われることがある。確かに完成度が上がったし、手数も増えたね。でも、個性がないねと。言われてしまうんです。そこからが、文体論の始まり

芸人をやっていた者として、色々な若手芸人を身近に見てきた者として、非常に納得できる一節だった。例えば養成所に入って漫才を始めたコンビは、まずは徹底的にベタな漫才をやることを薦められる。そして、ウケが取れて、将来MCもできるようなコンビがいっぱいできてくるのだが…似たり寄ったりなコンビが多く生まれてしまう。そしてしばらくして、文体の模索を始める。そこでものいいさんのように見つけて上昇し、次のステージに行く人もいれば、迷走する人もいれば、ウケなくなってしまう人もいる。さらに上に行こうとしてウケなくなるとは皮肉なことだが、実際にある。ライブに通うお笑いファンなら目撃したことがあるはず。では、次のステージに進むための「文体」とは何なのか。…その前に、あの言葉がついにパワーポイントの資料に現れた。


手数のイノベーション

タツオさんが「手数」というとドキドキしてしまうのだが、特にあの件には触れずに内容に入っていった。


タツオさん「やすきよは20分の中に、笑いの数が72個だった。もちろん大きい笑いは取っていたが、前フリに時間を使っていた。それがダウンタウンの『誘拐』になると、4分17秒に笑いの数17。15秒に1回になった。そしてM−1グランプリになると、優勝者のネタの平均時間は4分22秒。笑いの数は33回で、8秒に1回。これが2008年のNON STYLEになると、4.7秒に一回になった」

時代の移り変わりと共に、手数は倍倍で増えてきたんだな…と思うと同時に、そんなこと数えてたのか!と思った。再生して止めて、再生して止めて…とずっと繰り返したのか、バードウォッチングの計測器で測ったのか。どっちにしろ、タツオさん以外にこんなことをしている人はいないだろう。


タツオさん「4.7秒というのは、限界。ここから『笑いの大きさ』『質』に移行していく時代になると言っていたところに、スリムクラブが出てきたのは嬉しかった」

サンドウィッチマンさんの優勝で「手数論」を世に放ち、それが実証されていったのだが、「それを壊すスリムクラブが嬉しい」と言う。これによってタツオさんが、ポジトークをするのではなく、あくまでも理論を最優先にしている人なのだとわかる。

そしてここから、若手芸人、芸人志望者必読の

手数を取るためになぜ漫才コントが有利なのか

というすさまじく実戦的な話が始まる。


・漫才コントの利点


タツオさん「漫才コントの最大の利点は、フレーム(スキーマ)を利用して前フリを省略できること

…これも、ハッキリと言ったのはサンキュータツオさんが初めてなんじゃないだろうか。

フレーム(スキーマ)とは、それを聞いただけで勝手に映像化される情報のこと。例えば「家」と言われただけで「屋根がある、キッチンがある、テレビがある…」という情報が出てくる。わざわざ「ここに屋根があって…」と前フリをする必要がない。物だけでなく「出来事フレーム」もある。「レストラン」と言われれば、説明されなくても「名前を書く→店員が来る→人数と喫煙か禁煙かを聞かれる→メニューを見る→注文する→食べる→会計する」という流れが浮かぶ。それを裏切るだけでボケになる。


タツオさん「ダウンタウンは『誘拐』ネタで一声目から『身代金くれ』と言った。これは皆に浮かんでいる誘拐の出来事フレームの順番に違反しているという笑いだった」

そんな便利な漫才コントだが、デメリットもあるということ。例えば「レストラン」などのやり尽くされたフレームを使うなら、圧倒的に個性がないとダメ。

そしてついにマンザロイドたちを使った壮大な検証・実験が始まった。


漫才文体論 各論

オードリー、タカアンドトシサンドウィッチマンなど、歴代のM−1優勝者の名前がスクリーンに並ぶ。その中に、なぜか昭和のいるこいる師匠の名前が(笑)


タツオさん「百太郎さんは誰が見たいですか?」

百太郎さん「そうですね…サンドウィッチマン以外で

すさまじい笑いが発生。百太郎さんのフリートーク力を見せつけられた瞬間だった。

まずは漫才コントの究極まで行ったと言われる、アンタッチャブルのネタをやることに。


タツオさん「アンタッチャブルのネタの特徴は、出来事フレームを最大限に活用していること。『お嫁さんをください』ならこういうことが起こるだろうという流れに沿って展開している。そして『うるさいな』『なんでだよ』という形ではない1フレーズで完結する形のツッコミ」

そしてここから歴史的な出来事が始まった。

マンザロイドたちが、そのコンビの文体でタツオさんが創ったネタを始めた

のだ。

…私は開場前に劇場に着き、楽屋で各コンビ達のネタを練習するマンザロイドを見ていたが、「各コンビの代表的なネタをやって、特徴を分析する」のかと思っていた。が、実際はもう一枚乗せていた。「文体」を元にタツオさんが考えたネタをやることになっていたのだマキタスポーツさんが「作詞作曲モノマネ」ならば、「文体モノマネ」だろうか。そしてそれは私が練習で本当に本人たちがやっていたネタかと間違うほどクオリティの高いものだった。

タツオさんがザキヤマさんで中村シュフさんが柴田さん。


アンタッチャブル風 「失恋をなぐさめる」

柴田:「山崎、もうオレ我慢できないよ 慰めてくれよ」
山崎:「なに言ってんだ柴田、この世界には、まだまだ男はいっぱいいるじゃねえかよ!」
柴田:男じゃねえよ! ゲイか! ちゃんと女に振られた設定でよろしく
山崎:「女ならまだいっぱいいるじゃないか」
柴田:「そう言うけどよお、男は所詮顔なんだよ オレもう自分に自信がねんだよ」
山崎:「なに言ってんだ柴田。冗談は顔だけにしてくれよ」
柴田:殴るぞお前! お前の顔のハンデを倍にしてやろうか!
山崎:「大丈夫だって。恋は盲目からのなんとかって言うだろ?」
柴田:「恋は盲目」でいいんだよ むしろその先教えてくれ
山崎:「だから病気だったと思えばいいんだ。そのうち治る! なんつーか、癌みたいなもんだよ!」
柴田:じゃあ死ぬじゃねえかよ! 立ち直れないだろ!
山崎:からのー?
柴田:やかましいよ! もういいよ

モノマネではないが、文体を捉えて書くと、アンタッチャブル風のネタになるんだと感心した…と、わかりやすく書きたかったが、なぜか中村シュフさんが柴田さんにかなり似てた(笑) でもその似てるところは、今回のライブの主旨ではない。あくまでも文体論だ。

そしてここから、ネタ台本をスクリーンに映しながらの全芸人志望者、全作家志望者必見の「実戦的ネタ講義」が始まった。


タツオさん「アンタッチャブルは優しいボケ。ツッコミやすいボケをする。『男じゃねえよ!』みたいにきちんとツッコミができるボケをする…やさしいね〜!」

一瞬居島さんの顔が脳裏をよぎったが、真にハッとさせられたのはその後だった。


タツオさん「『なに言ってんだ柴田、この世界には、まだまだ男はいっぱいいるじゃねえかよ!』。ここは、一年目の若手とかだと『男はこの世界にはまだまだいっぱいいるじゃねえかよ!』にしてしまいがち。それだと、笑いどころが早い。なるべく一行の後ろに持ってくるべきで、アンタッチャブルはそうしている」

タツオさんは割とさらっと仰って、ホロッコ百太郎さんも「そうですね」と当然のように仰ってたが…これ、割と重要なことなんじゃないか!? もちろん、漫談でオチを最後にするのは関西人なら幼稚園児でも知ってることで、そんなことを知らない人はNSCに入る資格すらないと思う。…だけど、「漫才」でそこまで徹底して一行一行詰めてる人は果たして何組いるだろう。少なくとも私が今まで受けてきたネタ見せでは、そういうダメ出しをしている講師もされている漫才師もいなかった。正直私も、そこまで気をつけてなかった気がする。笑いどころの後に、ダラダラ喋っていたネタもきっとあっただろう。

各論はこのように、ざっくりネタの特徴を話す→マンザロイドが実演する→台本を見せながらさらに細かい特徴を話すという流れで行われた。

ブラックマヨネーズさんのネタなど、何かに使えるんじゃないかと思えるくらい完成度が高く、観客にもウケていた。


ブラックマヨネーズ風 「第二の人生」

吉田:もっと楽して稼ぐためになんか食べ物のお店のオーナーやりたいと思うんやけど、どんな店だしたらええかな?
小杉:関西人なんやし、お好み焼き屋とかええんちゃう?
吉田:お好み焼き屋もええんやけど、ライバル店も多いしなあ。
小杉:そんなん、オリジナルメニューなんか作って、売りを作ればええやないの。
吉田:お前そう簡単に言うけどな、お好み焼きのメニューってパターン出尽くしているぞ。
小杉:そこを一生懸命作るからオリジナルに価値があるんやないけ。
吉田:なんで楽して稼ぎたい言うてんのに、そないに一生懸命やる方向で話進んでるの!?
小杉:都合のいいこと言うなや! だったら優秀な料理人雇えばええやないか!
吉田:ほな、オレより優秀な料理人いたとしてやで、オレよりそいつのほうが職場で発言権強くなったどないする!?
小杉:考えすぎや! そんなん知らんがな! だったら最初から「発言権は私が上です」って言って雇えばええやないか!
吉田:お前、最初に「発言権は私が上です」て言わなあかんオーナーって、どんだけ弱腰のオーナーやねん!
小杉:ほな「でも弱腰ではありません」て言い添えれば済むことやんけ!
吉田:そんな言い添え聞いたことないわ! 
小杉:なら普段から発言権を奪われんように、毎日職場行ってスタッフのハートをつかんでおけや
吉田:また一生懸命の方向で話進んでるやないか! お前に相談した俺が悪かったわ
   皮膚科の先生に相談するわ
小杉:なんでもかんでももう無理や


タツオさん「ブラマヨは正確にはどちらもボケでもツッコミでもない。『神経質な人』と『大雑把な人』の対立。そして画期的なのが、小杉さんは『否定』じゃなくて『提案』をしているということ。これにより、スピードを落とすことなく次のボケに向かえる。」

私はこれを聞きながら、解散したコンビ「走馬灯」のことを思い出していた。相方の銀座ポップさんが神経質で、すごい細かいあるあるをするのだが、私はその横で、ちょっとどうすればいいかわからなかった。「なんでだよ!」でもないのだ。なぜなら、「水道橋のマックって細くない? 商業施設として細すぎる!」(走馬灯のネタ)に対するツッコミって、「なんでだよ!」ではないのだ。「確かに細いけど、人それぞれ感じ方あるだろ」というのが素直な感想だが、それだと笑いとしてはちょっと弱い。それに「人それぞれ感じ方あるだろ」を言ってしまうと、銀座さんに対する全てのツッコミがそれになってしまう。私も『大雑把な人』にしていれば、走馬灯はあんなことには…と、若干目に涙が浮かび、メモが取りにくくなった。


タツオさん「一行目の『楽して稼ぎたい』がネタの全てのフリになっている。それに対して『なんで楽して稼ぎたい言うてんのに、そないに一生懸命やる方向で話進んでるの!?』が来る。ここは鬼の首取ったかのように言ってほしい。そして、ブラマヨは人間性を前面に押し出している。どんな分野でも、人間を書いているものは飽きられない」

お笑いのみならず、アニメ、BLと造詣が深いタツオさんならではの発言だ。…しかしこの後、まさに人間性から生まれた事件が起こる。

忠実にタツオさんの書いた台本を演ずるために集められたマンザロイド。だが…

2号、サードシングル小沢が若林さん、3号セクシーJが春日さんでオードリーを演じたときにそれは起こった。


●オードリー風「初対面の挨拶」

若林:どうも、オードリーです。
春日:みなさん、わたくし春日は、今日もあの春日です!
若林:何を確認したんでしょうか、わかりませんけどもね。
春日:へっ!

完全なるセクシーJそのものだった。「へっ」という短い言葉ゆえに、文体を超えて、人間そのものが出てしまったのか。さらに南海キャンディーズの回では、「しずちゃんそれは自治体の連携が必要だよ」というセリフを「自治体…自治体関連…」と、読み間違えた上に、そこで止まってしまうという悲劇が。いくら文体を真似ても、漢字が読めないと成立しない、ということを副産物的に学べた。

ただ逆に、ここで間違えられるセクシーJってすごいなとも思った。わざとやったんだったら、先輩のイベントを壊すとんでもないクラッシャーだが、そうじゃなく当人いたって真面目にやった上でここで間違えるというのは、何か持ってるなーと改めて思った。


そしてポイズンさん、昭和のいるこいるさん…等の文体モノマネ、文体解説が終わり、エンディングに。(一組一組の具体的な文体については、いつか発売されるであろう書籍で!)


タツオさん「ここまで紹介してきましたが、なぜ分析しているかというと、分析してこういうネタをやろう、ということではなく、こういうネタはやられているからもういい。新しいモノを生み出すための分析です」

帰納法ではなく演繹法。批評ではなく新しいモノを生み出すための学問。そのための考察であるとタツオさんは語り、

今の相方と売れたいです


という言葉で締めくくった。



…ここからは私の持論を言わせていただきたいが、日韓ワールドカップがサッカーにもたらした最大の恩恵は何か。視聴率? 国際交流? ベッカムヘア? 日本代表ファンが増えたこと? …違う! フットサル人口が劇的に増えたことだ。やっぱり、競技人口が増えないといけないと思うんですよね。やらないとすごさがわからないというか。少なくとも平安時代からある伝統のゲーム・将棋が、なぜ今も愛され続けているか。羽生がスタープレイヤーだからか。…確かにそれはあるが、羽生が引退しても将棋は愛されるだろう。なぜなら600万人の競技人口がいるからだ。あれが矢倉で、あれが棒銀で、それを裏切ってあえて振り飛車にした…みたいなことを予測しながら「俺ならこう解く」と思って見るから、楽しいのだ。「なんか面白い定跡やってー」と無責任な上から目線で見てたら、いつか絶対に飽きる。プロ野球を今でも変わらず見ている人たちの多くは野球経験者だろう。お笑いブームはスター芸人をたくさん生み出したが、残念ながらお笑いの競技人口が増えたのかはわからない。THE MANZAIにみんな出場しろ…ということではなく、サッカーでいうフットサルみたいなことが流行って、その結果芸人の偉大さがわかり、もっとリスペクトされるようになればいいと切に思うのだ。

今回のライブ、またこれからのタツオさんの活動が、お笑いをより文化として根付かせるきっかけになることを願う。