元売れない芸人の独り言

孤高のコーイチロー、波乗りコーイチロー、ヒキコモリオなどの芸名で売れない芸人をやっていました。

さようなら、ハッスル(2009年12月9日に別のブログに書いた記事です)

『ハッスルが事実上、消滅した。経営コンサルティング会社社長の酒井正和氏(43)が8日、都内で会見し、経営難のハッスル引き継ぎを断念した。同団体の最高顧問を辞任し、ハッスルを運営するハッスルエンターテインメント(HE)社との業務提携解消を発表。ハッスル所属だった数選手を引き抜き、新団体「スマッシュ」を旗揚げする。また、大手パチンコメーカー「京楽」がハッスルのスポンサーを撤退していたことも、デイリースポーツの取材で分かった。04年に旗揚げしたハッスルはわずか6年で幕を下ろすことになる。

 酒井社長は「ハッスルのコンテンツを生かした運営は困難。新体制移行は断念しました」と発表。「ハッスルエンターテインメント社が抱える問題と、わたしの考えるイベント運営にかい離があった」と説明した。
 業者や選手への不払い、中止になった10月の後楽園大会のチケット代払い戻しなど、HE社が抱える負債を引き継ぐ要望を拒否した。酒井氏は「もうハッスルとは関係ありません」と言い切った。
 ハッスルは今後もHE社が運営する。ただ、京楽が7月でスポンサー契約を打ち切ったことがデイリースポーツの取材で判明。05年11月からの5年契約だったが、京楽側は「不払い問題もあって、打ち切りを前倒ししました」と説明した。さらに都内にある道場のリングや備品は、債権者に差し押さえられている状況だ』
スポーツナビ

I'm Chicken. それは変わらないかもしれない。
でも今は叫ぶことができる。
ハッスル、ハッスルと

ヒョードル戦の小川直也入場シーン


2003年男祭り、PRIDE統括本部長であり、
「PRIDEにプロレスを持ち込む気はない」と言っていた高田延彦が、

「ポーク&チキン、出てこいや!」

小川直也橋本真也を呼び込み、乱闘に。
ここからアングルが始まった…記憶があります…違ってたらすいませんm(--)m


2004年1月4日、さいたまスーパーアリーナで「ハッスル1」開催。
メインは小川直也VSビル・ゴールドバーグ
賛否両論を呼んだ「WRESTLE」の流れを組み、ここでも議論を呼ぶ。
新日本プロレスの伝統である1.4東京ドームにぶつけたのも一部ファンの反感を買う。

2004年3月、横浜アリーナでハッスル2開催。
ここで高田総統VSキャプテンハッスルこと小川直也、ハッスルキングこと橋本真也の構図が生まれる。

高田総統

「既存のプロレスを破壊する」

と、ディスり始める。
特に新日本プロレスに対しては「某老舗団体」と、直接的に喧嘩を売る。
アングルではなく、新日本プロレスは本気で憤り、黙殺。

2004年4月、小川直也PRIDEグランプリ2004に出場決定。

2004年4月25日、PRIDEグランプリ一回戦。
小川がハッスルを背負い、K-1ファイターステファン・レコとガチで戦い、
肩固めで勝利。
試合後にハッスルポーズを観客と一緒にする。

これにより、スポーツ選手や芸能人がハッスルポーズをする、
「nwoJAPAN」や「TEAM2000」などのように、プロレスが世間をリードする現象が生まれる。

小川がガチでジャイアント・シルバや、世界最強の男、エメリヤ・エンコ・ヒョードルと戦うのと
反比例するかのように、ハッスルはエンターテイメント路線を加速。

2004年12月、エロテロリスト、インリン・オブ・ジョイトイが参戦。
ムチでロープブレイクしたり、M字で小川をフォールしたりと、
完全に既存のプロレスを壊す。
長州力は離脱。


2005年7月11日、ハッスルの中心人物だった、
破壊王橋本真也が死亡。
小川がエースとしてストーリーは続くが、当初のコンセプトが変わる。

2005年11月、当時「フォーッ!」でブレイクしていたレイザーラモンHGさんが参戦。
和泉元彌と並び、ゲスト的な扱いだったが、後々エース的な存在に。

PRIDEと同時進行で盛り上がっていくが…

2006年6月、フジテレビが主催団体ドリームステージエンターテインメントとの契約を解除。

最大の危機に、高田延彦が「ザ・エスペランサー」としてプロレスラー復帰。
身を挺してファン、世間の目を集める。

2007年、曙が「ボノちゃん」としてハッスル入りしたり、
ケンドーコバヤシさんや有田さんがハッスル含むプロレスに再び市民権を与えていったが…

2008年5月24日、インリン様引退、
2009年2月、インリン様がハッスルをギャラ未払いで提訴、
2009年7月、高田総統が引退…

と、一気に坂道を転がってしまう。
そして、今日に至りました。

ニュースは事実なんですが、

「わずか6年」

という言い方には抵抗があります。

今の6年って、1970年頃の6年と違うので…。
新日本プロレス等を批判するわけではないのですが、
ものすごい密度の濃い6年だったな、よくやったなと。

ただ、前も書きましたけど、

「プロレスを破壊した」

後に何が残ったのかは、なんかオチつけてほしかったと思います。

ミスター高橋の本や、『泣き虫』などで暴露されていたとはいえ、
明らかにショーだというのを完全に見せてしまったのはハッスルなので。


しかし2009年という年は、エンターテイメント業界においてすさまじい年だったと思います。

当たり前にあったものが、どんどん無くなっていった年。

それで残り20日にも、少なくとも、

笑い飯さんM-1ラストイヤー」
魔裟斗引退」

というイベントがあるわけですからね。


形あるものはいつかなくなる。
6年はあっという間に過ぎ去る。

少なくとも今年の残り、1日1日をハッスルしていきたいと思います。

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